1.日本の産業や消費生活の要である電力について

Bookmark this on Google Bookmarks
LINEで送る

自動車市場、家電市場、食品市場といった区分で我々は市場調査を実施するが、日本の経済産業が大きな変化を控えている今、日本全体を一つの市場としてまとめておこうと思う。また現在の日本市場を把握するにはやはり終戦にまで立ち返る必要があると考え、統計データは可能な限り1945年にまで遡ることにする。

まず日本の産業や消費生活の要である電力について見て行きたい。総務省統計局の日本の長期統計系列電灯及び電力需要によると終戦の翌年1946年の年間使用電力量は208億kWhで家庭用の電灯需要は40億kWh、産業用の電力需要が140億kWhである。新幹線が開業し、東京オリンピックが開催された1964年の使用電力量は1,572億kWh、電灯需要は253億kWh、電力需要は1,135億kWhに跳ね上がっていた。20年も満たない間に7.5倍にも使用電力量は増加したのである。

この使用電力量は電灯と電力に分けられている。電灯需要とは一般家庭向けの需要で、電力需要とはオフィスビルや商店の業務用や工場や鉄道などの需用である。いわゆる民生用電力と一般家庭向けの電灯需用は同一ではないので注意が必要である。日本エネルギー経済研究所によると民生用電力とは、電灯用と業務用、小口電力、大口電力などが含まれている。つまり事務所、ビル、デパート、飲食店、学校、病院などの電力需要も含まれているということである。ここではまず一般家庭向けの電灯需要について見る。終戦翌年の1946年の電灯需要は40億kWhで使用電力量全体に占める比率は19.4%だったが、1964年には253億kWh で1946年の6.3倍に膨れ上がった。しかし使用電力全体に占める比率は電力需要の勢いに押されて16.1%に落ちた。

これは高度経済成長期の日本では一般家庭よりオフィスビルや商業施設など業務用の電力需要が上回っていたためで、一般家庭の電気需用が停滞していたわけではない。

この時代すなわち終戦から東京オリンピックまでの時代、日本では一般家庭の電化が始まった。♪明るいナショナル♪で始まるコマーシャルソングに象徴されるように庶民の家庭内は明るく、そして便利な家庭電器であふれ出すのだ。家電製品としては、戦前からすでにラジオや電気蓄音機、電気洗濯機、電気冷蔵庫、電気掃除機は存在し、電気ミシン、電気釜なども売られていた。エアコンも戦前から一部の劇場や商店に導入されていた。戦後、東京オリンピックまでに新たに登場してきた家電製品としては、テープレコーダーやトランジスタラジオ、電気毛布、トースターなどがあるが、中でも家電製品の最も大型の商品は1953年1月にシャープが発売した国産第1号の白黒テレビであろう。当時電気洗濯機、電気冷蔵庫と並んで三種の神器と呼ばれたのはあまりにも有名である。

この後、当時の家電製品のメーカー、販売台数について見て行きたい。